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風連町東生

風連町東生(令和2年3月8日探訪)

風連町東生は戦後開拓集落である。
昭和22年4月、京都団体が御料14線に入地。翌昭和23年5月4戸が御料15線に入地、そして秋田団体の入地もあり50余戸の戸数を数えた。
子弟らは御料6線の日進小学校に通学していたが、悪路であったため欠席する者も多く、通学は困難であった。
そこで中山金次郎は学校設立について風連村や支庁拓殖課に陳情し、学校設置が認められた。
昭和24年10月、風連村御料地16線に東生小学校設置認可を受け、11月に開校した。
学校の沿革は以下の通りである。

昭和24年 風連村立東生小学校開校(11月)
昭和27年 校門新設
昭和30年 水道施設完成
昭和32年 校長住宅・校舎改装
昭和33年 学校自家発電完成
昭和34年 へき地集会室完成
昭和35年 教員住宅新築
昭和46年 閉校(3月)

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令和2年3月、A.D.1600氏とともに訪れた。
東生小学校跡地である。

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学校より手前の風景。人家が点在している。

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学校より先の風景。

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学校跡地には会館が建てられていた。

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風連町時代のカントリーサインが残っている。

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東生小学校時代からのものだろうか。錆びたブランコが残っていた。

参考文献
風連町史編さん事務局1967『風連町史』風連町
風連町史編さん委員会1999『風連町史第2巻』風連町
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プロフィール

成瀬健太

Author:成瀬健太
北海道旭川市出身。札幌市在住。
元陸上自衛官。
北海道の地方史や文芸を中心としたサークル『北海道郷土史研究会』主宰。

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