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滝上町上雄柏

滝上町上雄柏(平成30年10月・令和元年5月・7月探訪)

滝上町上雄柏は農村集落である。
上雄柏はオシラネップ原野最奥地であり、明治末期までは金鉱探査や砂金採取者が姿を見せるだけであった。
大正5年に高知県人掛橋亀千代、山本亀寿等が入植したのが始まりである。翌6年岡林杢弥、山崎文治、保科末太郎、井口和三郎、米山喜之助、中川吾平、山本七蔵、池亀吉、片岡鶴吉、諸橋喜之助らが移住した。大正13年3月の字名改正で上雄柏と改称した。
大正13年9月に19号以奥29号間、6,1キロの道路工事が完了してからは岩田宗晴他1名の未開地を開放、改めて14戸が入植した。戸数の増加とともに学齢児童も増加し、昭和7年に上雄柏特別教授場が完成した。
その後、昭和9年4月29線以奥の国有未開地の解除とともに7戸の入植者や濁川を起点とした森林鉄道の完成(17,7キロメートル)、上雄白熱布官設駅逓所の設置など、地域の開発は進展した。
戦後、この地区を流れるオシラネップ川上流のベベロナイ川との合流点付近に開拓者20数名が入植し、昭和23年5月に上雄柏から分離して拓雄集落が誕生したが昭和43年3月、拓雄集落の全戸離農により再び上雄柏に合併し、拓雄は無住化集落となった。

学校の沿革は以下の通りである。

小学校
昭和7 年 雄柏尋常小学校特別教授場として開校(2月)
昭和15年 上雄柏尋常小学校と改称(10月)
昭和16年 上雄柏国民学校と改称(4月)
昭和19年 高等科併置(4月)
昭和22年 上雄柏小学校と改称(4月)
昭和25年 上雄柏小学校拓雄分校開校(6月)
昭和31年 拓雄分校独立(4月)
昭和50年 閉校(3月)

中学校
昭和22年 上雄柏中学校開校(6月)
昭和47年 名目統合により滝上中学校上雄柏校と変更(4月)
昭和48年 閉校(3月)

閉校記事を掲載する。

地域と共に半世紀 きょう2校で廃校式 別れの校歌響かせて 滝上上雄柏小 興部豊畑小 寂しさ隠せぬ住民
「【滝上、興部】3月限りで廃校になる滝上町上雄柏、上雄柏小(橋本平吉校長、児童4人)と興部町豊畑、豊畑小学校(斎藤満校長、児童2人)で16日、それぞれ廃校式が行われる。両校とも山間の辺地校で、離農により住民が激減、ここ当分の間児童は減っても増えることがないため閉校が決まったもので、永年、地域の中心になっていた学校がなくなることに、住民らは感慨深そう。
上雄柏小は昭和7年2月、児童20数人を集めて雄柏小所属上雄柏特別教授場としてスタート、22年中学校を併置して児童、生徒120人になったが、その後は減る一方、48年には中学校が滝上中に統合、現在は2,4,5,6年に各1人の児童がいるだけで、上雄柏地区の13戸には就学前の幼児は1人もいない。これまでに同校から卒業した児童は341人を数える。
同地区のオシラネップ沢はかつて上雄柏、拓雄、雄柏小の3校があったが、次々と廃校、最後の上雄柏小も住民らに惜しまれながらついに校史にピリオドを打つことになったもの。「あと10年もたてば、この沢にはほとんど人もいなくなるのではないか」-とある住民。16日午前11時から卒業生など250人が集まり、廃校式を行い、4月から卒業生と児童3人は滝上中と濁川小へ、約15キロの道のりをバスで通うことになる、同小では14日廃校式に備え、先生も児童も力いっぱい校歌の合唱練習が続いた。先生の弾くオルガンもここの学びやではもう聞かれなくなるのだ…」(北海道新聞網走・北見版 昭和50年3月16日)

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平成30年10月、K.T氏と訪れた。
記念碑背後の花壇や校舎の瓦礫は、上雄柏出身の方が整備したものである。

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令和元年5月、HEYANEKO氏らと再訪した。

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花壇はブルーシートで覆われている。

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教員住宅は朽ちつつも残っている。

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学校前の建物。
公的な建物のような印象を受けたが分らなかった。

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校舎跡地。
撮影場所は教室と炊事室の境目辺りである。

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水飲場も残っていた。

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トイレ跡。
便槽の数の多さに驚く。
それだけ人々が暮らし、子どもたちが通っていた。

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さらに7月、A.D.1600氏、K.T氏らと3度目の訪問をする。
今回は学校手前にあった神社を訪ねた。

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側面。傷みも殆ど無い。

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ピンボケとなってしまったが、神社手前の空き地。
『わが母校43年史』によると戦後の一時、児童の増加により神社横にあった会館(青年会館)を使っての授業が行われたとあるので、青年会館跡地と思われる。

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学校隣接地のオシラネップ官設駅逓所の建物。
建物をよく見れば、アリの巣と化していた。

参考文献
滝上町上雄柏小学校1975『わが母校43年史-上雄柏小学校閉校記念誌』上雄柏小学校閉校記念事業協議会
北海道新聞1975「地域と共に半世紀 きょう2校で廃校式 別れの校歌響かせて 滝上上雄柏小 興部豊畑小 寂しさ隠せぬ住民 」『北海道新聞網走北見版』昭和50年3月16日
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プロフィール

成瀬健太

Author:成瀬健太
北海道旭川市出身。
名寄市、札幌市、東京都、旭川市を経て現在、札幌に居住。
廃墟・炭鉱や鉱山跡、廃村や限界集落を訪ね歩くのが趣味です。

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