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紋別市三吉

紋別市三吉(平成30年10月・令和元年5月探訪)

紋別市三吉は戦後開拓集落である。

元は住友林業所の所有地で、大正13年頃住友の小作人4戸の入地を見たが、当時は道路もなく沼の上尋常小学校の通学も冬季は交通不能となり、クマが頻繁に出没して生計が困難であることから全員が離農した。
昭和27年、住友所有の土地を農林省が買い上げて15戸の開拓団(甲の沢に8戸、乙の沢に7戸)を入植させたのが始まりである。重粘地や傾斜地、冷害などで離農する者が現れ開墾はなかなか進まなかった。
子どもたちは沼の上小、中学校に通学していたが6~8キロ離れていることや通学路にクマが出没することから学校設置の要望は強かった。
昭和32年石沢惣次郎が学校用地を寄付、市もこれにこたえ昭和33年2月三吉小学校として開校した。
昭和36年、入植10周年とあわせ創立3周年記念行事を行い、校歌も制定したが離農が相次ぎ、昭和37年10月閉校した。

学校の沿革は以下の通りである。
昭和33年 三吉小学校開校(2月)
昭和36年 校歌制定
昭和37年 閉校(10月)

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平成30年10月、K.T氏とともに訪れた。

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学校敷地は溜池になっていた。

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校舎の防風林だろうか?

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学校傍に、サイロがある。
ここで暮らしていた人々の名残である。

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基礎も残っていた。

KIMG3476.jpg
サイロ反対側を写す。

KIMG3477.jpg
学校より奥の風景。

KIMG3478.jpg
造林の休憩小屋?が残っていた。

P1130882.jpg
令和元年5月、HEYANEKO氏らと再訪した。
記念碑も溜池も変わらず佇んでいた。

参考文献

紋別市史編纂委員会1983『新紋別市史下巻』紋別市
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プロフィール

成瀬健太

Author:成瀬健太
北海道旭川市出身。
名寄市、札幌市、東京都、旭川市を経て現在、札幌に居住。
廃墟・炭鉱や鉱山跡、廃村や限界集落を訪ね歩くのが趣味です。

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