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士別市大英

士別市大英(平成22年5月3日探訪)

大英小学校

大英小学校校舎内部


大英地域はもともと、営林署と銅鉱山、農家が点在していた地域でした。
作物は主に菜種、金時などが栽培されていたようです。
戦後、被災者の入植や満洲引揚者が急増して開拓されるようになりました。
昭和25年11月1日 大英小学校 開校。校名の由来は「英でた人物が育つように」という意味です。

山あいの学校でしたが昭和36年 当時の校長 井出宗重氏が「環境の整備」を掲げ花壇の造成。
沢水を利用して養魚(ニジマス)を始めます。
当初は理科の実験としての目的が強かったのですが、児童たちが自主的にニジマスの面倒を見るようになり
「ニジマスを飼う学校」という見出しで北海道新聞(上川北部版)に掲載されました。
その後、大英小学校は「環境美化」で有名な学校となり昭和40年 士別市花壇コンクールで最優秀賞を受賞しました。
しかし、このころから大英地区の離農が始まり昭和45年3月31日に閉校。

大英は現在、1世帯(牧場)しかいない集落です。


校舎前の廃屋と校門
校舎前にあった校門と廃屋。
廃屋は教員住宅の可能性があります。

校舎跡・池・花壇跡
校舎前の風景。
マル印をつけたところに「大英神社」がありました。

校歌
校舎内に残されていた校歌。
校歌は閉校直前、木造博・美恵の両氏によって作詞・作曲されました。

昭和45年 大英小学校は閉校しますがその時に作られた「歌」が存在します。
その名も「別れの歌」
恐らく、閉校式のために作られたものでしょう。歌詞を掲載します。

1 楽しく過ぎた大英の 学びの庭よさようなら
  明るく強く胸を張り 今日は別れの春の窓
  変らぬ誓い友情を みんなでみんなで歌おうよ

2 思いで残る校庭の 緑よ花よさようなら
  果てない夢をえがきつつ 今日は別れの手を握り
  伸び行く春の喜びを みんなでみんなで歌おうよ

校長住宅
複雑な思いを胸に秘め、隣接する校長住宅へ行きます。

校長住宅内部 居間?
校長住宅も傷みが進んでいました。

2階の窓より
2階へ昇り、2階の窓より校舎を眺めました。
大英も、再調査が必要なので機会があればまた、足を運びたいものです。
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別れの歌

こちらでは初めましてですね。
別れの歌はフォーマットがありまして、おそらくは替え歌と思われます。
(自分、小学校で歌った記憶があるので)
参考URL(Youtube)をURL欄に貼っておきます。

RE:別れの歌

めいぷるさま
こちらでははじめまして。
そして興味深い情報、有難うございます。歌ったことがあるとは驚きです。
早速、廃校探索同行者にも紹介したいと思います。有難うございました。
プロフィール

成瀬健太

Author:成瀬健太
北海道旭川市出身。
名寄市、札幌市、東京都、旭川市を経て現在、札幌に居住。
廃墟・炭鉱や鉱山跡、廃村や限界集落を訪ね歩くのが趣味です。

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